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東京地方裁判所 平成11年(行ウ)6号 判決

原告 橋本策也

右訴訟代理人弁護士 清水勉

関口正人

被告 小金井市教育委員会教育長

小野武敏

右訴訟代理人弁護士 石津廣司

右指定代理人 志田尚紀

丹野明男

市川直道

加藤進

五十嵐祥夫

宮川俊男

本多龍雄

主文

一  被告が原告に対し平成九年三月三一日付け小教学指発第六九八号をもってした個人情報の部分非開示決定のうち、調査書中の「特記事項」欄を開示しないとした部分を取り消す。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対し平成九年三月三一日付け小教学指発第六九八号をもってした、生徒指導要録中の「各教科の学習の記録 [3] 所見」、「特別活動の記録[2] 事実及び所見」、「行動の記録 [2] 所見」及び「指導上参考になる諸事項」の各欄並びに調査書中の「特記事項」欄を開示しないとした決定を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告が、小金井市個人情報保護条例(以下「本件条例」という。)に基づき、小金井市教育委員会に対し、中学校三年在学中の長女の生徒指導要録及び調査書(東京都立高等学校用の内申書)の開示を請求したところ、被告がその一部を非開示とされたことを不服として、右部分非開示決定の取消しを求めている事案である。

一  本件条例の定め等

1  本件条例一六条一項は、「何人も、実施機関が保管等をしている自己に関する個人情報の開示を請求することができる。」と規定するが、同条二項において、「実施機関は、前項の請求に係る個人情報が、次の各号のいずれかに該当するときは、当該個人情報を開示しないことができる。」と規定して、同項の各号に非開示事由を列挙しているところ、同項三号には、「開示することにより、実施機関の公正な職務執行に著しい支障を生ずることが明らかなもの」との非開示事由が定められている。

2  小金井市教育委員会は、本件条例上の実施機関とされているが(本件条例三条二号)、同委員会が保管等(収集、保管及び利用(本件条例三条三号))する個人情報に係る開示の可否の決定については、その権限が被告に委任されている(小金井市教育委員会教育長に対する事務委任規則二条)。

二  前提となる事実(これらの事実は、争いがないか又は各項末尾に掲記の証拠等により認定した事実である。)

1  本件訴訟に至る経緯

(一) 原告の長女橋本音里(以下「音里」という。)は、平成六年四月一日から平成九年三月三一日まで、小金井市立東中学校に在籍していたが、平成九年度の東京都立高等学校の入学者選抜を受け、同中学校卒業後、東京都立武蔵高等学校に進学した。

(甲一五)

(二) 原告は、平成九年三月一七日、小金井市教育委員会に対し、本件条例に基づき、当時、右中学校三年在学中の音里にかかわる生徒指導要録(以下「本件指導要録」という。)及び調査書(東京都立高等学校用の内申書。以下「本件調査書」という。)の開示(閲覧及び写しの交付)を請求した。

(争いがない事実)

(三) これに対し、被告は、平成九年三月三一日、本件指導要録中の「各教科の学習の記録 [3] 所見」、「特別活動の記録 [2] 事実及び所見」、「行動の記録 [2] 所見」及び「指導上参考になる諸事項」の各部分並びに本件調査書中の「特記事項」の部分は、本件条例一六条二項三号に該当することを理由として、非開示とし、その余の部分は開示する旨の決定(以下「本件部分非開示決定」という。)をした。

(争いがない事実)

(四) 原告は、平成九年五月一二日、小金井市教育委員会に対し、本件部分非開示決定を不服として審査請求をしたところ、同委員会の諮問を受けた小金井市個人情報保護審査会は、平成一〇年四月九日、本件部分非開示決定を取り消して本件調査書及び本件指導要録の全部を開示すべきである旨の答申をしたが、同委員会は、同年一〇月一九日、右審査請求を棄却する旨の裁決をした。

(争いがない事実)

2  指導要録について

(一) 指導要録の作成目的、取扱い

指導要録は、学校教育法施行規則一二条の三第一項により作成が義務付けられた文書であり、学籍の記録と学習の記録や指導内容の記録等が記載されているものである。

その作成目的は、生徒の学籍並びに指導の過程及び結果を学年を通じて記載し、生徒の学習生活を総合的に把握して、継続的に適切な指導、教育を行うための基礎資料とし、また、外部に対する証明等のために役立たせるための原簿とすることにある。

指導要録の作成者は校長とされているが(学校教育法施行規則一二条の三第一項)、実際に記入するのは生徒の担任教師であり、校長は、担任教師による記載内容を点検し、記載内容に疑義がある場合に担任教師に指導、助言を行う。

なお、指導要録は、各年度ごとに作成され、記載が完了した指導要録は、翌年度の担任教師に引き継がれ、引継ぎを受けた教師は、指導要録により指導の経過等を把握し、当該生徒に対する指導の方針を立てるための参考とするとされている。

また、当該生徒が進学又は転学した際には、指導要録の抄本又は写しが進学先又は転学先に送付される(学校教育法施行規則一二条の三第二項、三項)。

(争いがない事実)

(二) 音里の中学校在籍当時の指導要録の様式は別紙1のとおりであり(なお、各欄の記載内容は、小金井市小・中学校教務主任会編集の教務ハンドブックに掲載された記載例である。)、本件指導要録も、これと同じ様式を用いて作成されている。

(甲一五、乙四)

(三) 本件指導要録の非開示部分の各欄に記載されるべき内容は次のとおりである。

(1)  「各教科の学習の記録 [3] 所見」欄

<1> 同欄には、各教科の学習について、総合的に見た場合の生徒の特徴及び指導上留意すべき事項が記載され、右記載に際しては、生徒の長所を取り上げることを基本とすることになっている。

(争いがない事実)

<2> 東京都教育委員会が発行した「東京都公立中学校 生徒指導要録の様式及び取扱い」(以下「生徒指導要録の様式及び取扱い」という。)によれば、同欄に記入する事項としては、例えば、次の事項が考えられるとされている。

ア その生徒個人として比較的優れている点など、各教科の学習全体を通して見られる生徒の特徴に関すること

イ 学習に対する努力、学習意欲、学習態度等の生徒の日常の学習状況に関すること

ウ 当該学年において、その当初と学年末とを比較し、学習の進歩が著しい教科がある場合、その状況に関すること

エ 生徒の体力の状況及び学習に影響を及ぼすような生徒の健康の状況に関すること

オ 学校教育法施行規則五五条で準用する同規則二六条により、生徒の履修困難な教科について、特別の処置をとった場合、その状況に関すること

カ その他特に指導が必要である場合には、その事実に関すること

(乙三)

(2)  「特別活動の記録 [2] 事実及び所見」欄

<1> 同欄には、特別活動における生徒の活動状況について、主な事実及び総合的に見た場合の所見、すなわち、生徒の特徴及び指導上必要があると認められる事項が記載され、右所見の記載に際しては、生徒の長所を取り上げることを基本とすることになっている。

(争いがない事実)

<2> 「生徒指導要録の様式及び取扱い」によれば、同欄への所見の記入に当たっては、例えば、次の事項が考えられるとされている。

ア その生徒個人として比較的優れている点など、特別活動全体を通して見られる生徒の特徴に関すること

イ 当該学年において、その当初と学年末とを比較し、活動の状況の進歩が著しい場合、その状況に関すること

ウ その他特に指導が必要である場合には、その事実に関すること

(乙三)

(3)  「行動の記録 [2] 所見」欄

<1> 同欄には、生徒の行動の状況について総合的に見た場合の生徒の特徴及び指導上留意すべき事項が記載され、右記載に際しては、生徒の長所を取り上げることを基本とすることになっている。

(争いがない事実)

<2> 「生徒指導要録の様式及び取扱い」によれば、同欄に記入する事項としては、例えば、次の事項が考えられるとされている。

ア 全体的にとらえた生徒の特徴に関すること

イ その生徒個人として比較的優れている点など、各教科、道徳、特別活動その他学校生活全体にわたって見られる生徒の特徴に関すること

ウ 当該学年において、その当初と学年末とを比較し、行動の状況の進歩が著しい場合、その状況に関すること

エ 指導上特に留意する必要があると認められる生徒の健康状況その他特に指導が必要である場合にはその事実に関すること

(乙三)

4 「指導上参考になる諸事項」欄

<1> 同欄には、「各教科の学習の記録」、「特別活動の記録」、「行動の記録」及び「進路指導の記録」以外で指導上参考となる諸事項が一括して記載され、右記載に際しても、生徒の長所を取り上げることを基本とすることになっている。

(争いがない事実)

<2> 「生徒指導要録の様式及び取扱い」によれば、同欄には、次の事項など指導上参考となる事項を記入することとされている。

ア 生徒の特徴・特技等のうち、生徒の長所を把握する上で重要なもの

イ 家庭や社会等学校外における奉仕活動等の善行、学校内外における表彰を受けた行為や活動等、課外における活動のうち生徒の長所と判断されるもの

ウ 知能、学力等について標準化された検査の結果

エ 他の欄に記入できない事項で、海外から帰国した事実など指導上特に必要なもの(なお、記載に際しては、個性を生かす観点やプライバシー保護の観点に配慮する。)

(乙三)

<3> また、前記ウの標準検査の結果等については、小金井市立東中学校では実施されていないため、同欄の記載はない。

(弁論の全趣旨)

3  調査書について

(一) 調査書は、学校教育法四九条、同法施行規則五四条の三、五九条一項に基づき、高等学校の入学者選抜のための資料として、在学校の中学校の校長が作成し、当該生徒が進学しようとする高等学校長に送付される文書である。

東京都教育委員会は、毎年、東京都立高等学校入学者選抜実施要綱(以下「選抜要綱」という。)を定め、これにより、選抜日程、選抜資料、選抜方法等のほか、調査書の記載の仕方についても定めている。

(争いがない事実)

(二) 音里が高等学校入学者選抜を受験した平成九年度の選抜要綱(以下「本件選抜要綱」という。)によれば、入学者選抜は試験当日の学力検査の点数と調査書の点数との総合点(合計一〇〇〇点)を資料として行われ、学力検査と調査書との点数配分については、学校によって六対四、五対五、四対六の三パターンが存在することが定められている。

(争いがない事実)

(三) 本件選抜要綱が定める調査書の様式は、別紙2のとおりであり、「各教科の学習の記録」、「特記事項」等を記載することを定めている。

右「特記事項」欄には、「教科の学習活動」欄、「特別活動等」欄及び「その他の活動」欄の三欄があり、それぞれ「選択教科を中心とする教科の学習活動」、「道徳及び特別活動等」並びに「その他の学校内外の活動」において継続性を伴う特に顕著な成果を上げた生徒について具体的かつ簡明に記入することになっている。

そして、本件選抜要綱は、中学校長は、特記事項を記入する生徒の決定に当たって、特に公正を期し、学級担任、教科担任の意見のみでなく、関係教職員の意見を総合して行い、また、右決定に当たっては、次の各事項に留意することとしている。

(1)  偶発的な活動の事実から判断せず、継続的な活動を通して、その人間形成上好ましい影響を与えていることや他の生徒への好ましい影響も考慮する。

(2)  校外活動を対象とする場合であっても、右(1) に加え、校内の活動も考慮する。

(3)  生徒個人の技能的な面や知識のみから考えることなく、活動に対する意欲や積極的な態度などを重視する。

(乙五、同六)

(四) また、本件選抜要綱によれば、「特記事項」の各欄に記載できる人数には上限が設けられており、各欄ごとに中学校第三学年の生徒全員の数の一〇パーセント以内とされ、かつ、三欄合計で記載される全体の延べ人数は中学校第三学年の生徒全員の数の二〇パーセント以内とされている。

そして、「特記事項」欄の記載は、三欄に当該生徒の活動状況を紹介する記述があれば八点、二欄であれば六点、一欄のみでは四点と点数化され、「各教科の学習の記録」の点数に加点されることとなっている。

(争いがない事実)

(五) 「特記事項」欄の実際の記入は学級担任が行い、その調査書全体を他の教師や校長が点検することとなっている。

(争いがない事実)

三  当事者双方の主張

(被告の主張)

1 本件指導要録の非開示部分について

本件指導要録の非開示部分に記載される内容は、当該生徒が学校教育において達成した学習成績の客観的基準ではなく、学習意欲、学習態度等に関する全体的な評価あるいは生徒の人物評価ともいうべきものであって、評価者自身の観察力、洞察力、理解力により左右される部分である。

そして、右各欄には、単なる計数的な成績評価にとどまらない全体的な評価あるいは生徒の人物評価ともいい得る評価等が、開示されることを予定せず、したがって、これら評価等を本人又は保護者に伝える配慮等もなされずに、克服すべき課題についてもありのままに記載されることが予定されているのであるから、これを開示すれば、場合によっては、生徒が自尊心を傷つけられ、意欲や向上心を失い、あるいは、教師や学校に対する不信感を抱いて、その後の指導に支障を来す可能性があり、また、生徒が家庭と学校で現す様子が必ずしも同じものではなく、通知表の記載と指導要録の記載とが必ずしも一致しないことから、保護者又は生徒本人が、右評価(評価は、教師がその責任を自覚し、専門的知識、訓練などに基づき、全人格的判断によって誠実に行われるべきものであって、生徒、保護者との議論によって正しい評価判断に到達し得るという性格のものでない。)に対して反発や誤解をしたり、あるいは感情的になって、教師や学校との信頼関係を損なうことになる。

そして、右の点から、指導要録の生徒本人又は保護者への全面的な開示を行うこととした場合には、教師が前記のような弊害を慮って、克服すべき課題についてのありのままの記載をしなくなり、あるいは、あえて必要事項を記載しないようになって、指導要録の記載内容が形骸化し、生徒の指導のための信頼できる資料とならなくなり、ひいては指導要録制度そのものが形骸化、空洞化することになる。

以上のとおり、本件指導要録の非開示部分を開示すれば、生徒に対する指導に支障を来し、また指導要録の記載内容が形骸化して信頼できる資料とならなくなり、その結果、指導要録制度そのものが形骸化、空洞化することになって、教育行政事務の公正な執行に著しい支障を生ずることが明らかであるから、本件条例一六条二項三号に該当する。

2 本件調査書の非開示部分について

本件調査書の「特記事項」欄は、教師が専門的見地から、顕著な成果を上げたと評価判断した一定割合の生徒についてのみ記載するものであり、記載者の観察力、洞察力、理解力によって左右される主観的要素を含むものであり、また、「特記事項」欄に斜線が引かれていることは、調査書の点数につき加点が零であることを示すものであって、それ自体、相対的には不利益な事項の記載であるから、これを開示すると、生徒本人としては顕著な成果を上げたと主観的に考えているのに、調査書の「特記事項」欄には記載されなかったときなど、場合によっては、生徒が自尊心を傷つけられ、意欲や向上心を失い、あるいは、教師や学校に対する不信感を抱いて、その後の指導に支障を来すことになる。

また、学校(教師)と生徒本人、保護者の評価、判断とは必ずしも同じものではなく、通知表の記載とも必ずしも一致しないことからすれば、保護者又は生徒本人が右評価等に対して反発や誤解をしたり、あるいは、感情的になって、教師や学校との信頼関係を損なうことになる。

しかも、入学者選抜に当たっての調査書及び「特記事項」欄の点数配分等が公表されており、保護者や生徒本人の関心も高いことから、右の誤解や感情的反発から、教師や学校を逆恨みし、トラブルを生じる可能性もある。

そして、調査書の生徒本人又は保護者への全面的な開示を行うこととした場合には、教師及び学校が前記のような弊害を慮って、本来「特記事項」欄に記載すべきでない生徒にまで記載するようになったり、その反面として、「特記事項」欄の記載人数に制限があることから、本来、同欄の複数の欄に記載がなされるべき生徒について、一つの欄しか記載されなくなることも起こり得るところであり、調査書の内容が形骸化、空洞化し、高等学校入学者選抜の適正な資料としての機能を果たさなくなる。

以上のとおり、本件調査書の非開示部分を開示すれば、生徒指導に支障を来し、また、調査書の内容が形骸化、空洞化し、高等学校入学者選抜の適正な資料としての機能を果たさなくなり、これにより教育行政事務の公正な執行に著しい支障を生ずることが明らかであるから、本件条例一六条二項三号に該当する。

(原告の主張)

1 本件条例の諸規定からすれば、本件条例の趣旨は、自己情報開示請求権を含むいわゆる情報プライバシー権(自己に関する情報の流れをコントロールする権利)を現代情報化社会における憲法上の重要な権利と認め、これを厚く保障しようとすることにあるのであるから、本件条例の解釈はその趣旨に従って行われなければならず、本件条例一六条二項に定める非開示事由の解釈は厳格に行われるべきである。

そして、同項三号が、「著しい」支障を生ずることが「明らか」と二重の絞りをかけていること、及び前記の本件条例の趣旨にかんがみれば、同号に該当するためには、開示により、公正な職務執行に対する「著しい」支障の発生が客観的に明白であることが必要であり、単に職務執行に何らかの支障が生ずる一般的、抽象的なおそれがあるだけでは足りないというべきである。

しかるに、被告の主張は、次のとおり、指導要録及び調査書の記載内容の形骸化、空洞化の一般的、抽象的なおそれをいうのみであり、実害発生の客観的明白性について主張するものではない。

また、本件条例一六条二項三号に規定する「公正な職務執行」とは、単に従前から行われてきた職務執行を指すのではなく、本件条例の目的及び基本理念に照らして「公正」といえるものでなければならないところ、被告の主張は、生徒に関し学校が集めた情報は学校のものであり、学校の管理するものであるという考え方を前提とした旧来の職務執行を保護しようとするものであって、本件条例の基本理念たる情報プライバシー権保護の考え方に反するものである。

したがって、本件指導要録及び本件調査書の各非開示部分は、いずれも本件条例一六条二項三号に該当しないというべきである。

2 指導要録について

(一) 指導要録の様式が平成三年に改訂された際に、学習者の側に立ち、児童生徒一人一人のよさや可能性などを伸ばす評価への質的な転換を図ることを意図して、従前は個人の特徴は長所や優れている点、短所や劣っている点の両面から把握することとしていたが、児童生徒一人一人のよさを取り上げることが基本となるよう改められたのであるから、本件指導要録の評価欄である非開示部分には音里を積極的に評価することが書かれていると考えられる。

また、音里の通知表の「担任からの通信欄」には、音里を積極的に評価する記述のみがなされており、本件指導要録に記述されていることも、右内容と同趣旨であると考えられ、少なくともこれと全く異なる内容や矛盾するような内容であるとは考えられない。

したがって、本件指導要録の非開示処分を開示することによって、音里や原告と進学先の高等学校との関係が悪化するとはいえず、その結果、実施機関である小金井市教育委員会の公正な職務執行に著しい支障を生じることが明らかであるとは考えられない。

さらに、開示手続に際して、開示文書に記載された内容について実施機関が開示請求者に対して懇切丁寧な説明をすることが予定されているから、多少記載の仕方が稚拙で誤解を与えるようなものであったとしても、右説明をすることによって、本件をきっかけとする小金井市教育委員会の公正な職務執行に著しい支障が発生することを回避することができる。

仮に、非開示部分の全部又は一部に、音里の欠点に関するる記述があったとしても、それが進学先の高等学校に公的に引き継ぐべきほど重要なものであるならば、音里が小金井市立東中学校に在学していたときから担任教師等から音里に対して、あるいは親である原告に対して、注意がなされていたものであるはずであるから、右欠点が克服されていない限り、右記述があることは原告にとって意外ではないし、克服すべき課題であるならば、むしろ、原告や音里に認識させる必要があるとさえいえるはずである。

(二) また、仮に、積極的な長所の記載が受け取る者によって不利益な記載と解釈されることがあるとしても、そのような誤解が生じることは極めてまれであるから、記載の段階で教師には右誤解を予測し得ないであろうし、仮に予測したとしても、長所であると判断した事項を記載しないことによって反発を受ける可能性の方が高いから、事後のトラブルを避けようとすれば、結局長所を記載することにならざるを得ず、結局、教師が長所であると判断した事項の記載を差し控え、記載内容が形骸化、空洞化することはあり得ないというべきである。

そして、本件指導要録の非開示部分の各欄に、不利益的な記載がなされるとしても、その例はごくわずかであるし、その表現もかなり抑制され、通常それを読んだ本人や保護者が反発や誤解することは考えられず、特に、指導要録の「指導上参考になる諸事項」欄には、不利益的評価の記載は全く予定されていない。

そうすると、指導要録の全面開示を行ったとしても、生徒又は保護者の反発や誤解を招くという事例は、起こることがあるとしても、極めてまれであろうし、そのような事態をおそれて記載内容を歪曲する教師は更に極めてまれであろうから、それによって、形骸化ないし空洞化といえるほど深刻な事態が生ずることは、ほとんど考えられないか、仮にあり得たとしても、せいぜいその可能性を否定することはできないという程度にすぎない。

現に、指導要録については、被告主張のような弊害の可能性が指摘される中で、これまでに相当数の自治体が全面開示を行っているが、このような自治体の多くで、教育現場の混乱が生じていることについては、被告からも何ら主張立証はされていない。

3 調査書について

調査書は、高等学校における入学者選抜の資料であるから、その目的、機能は管理的な証明機能にあり、指導機能はほとんどない。そうだとすると、調査書の「特記事項」欄の記述についても、右証明に資するためにふさわしい相当程度の客観性が求められているというべきである。

そして、調査書の「特記事項」欄には、生徒を積極的に評価したことのみが記載されているのであって、生徒にとって不利益な事項は記載されていない。

本件調査書の「特記事項」欄にも、音里について「特に顕著な成果」があればそれが記載されているであろうし、「特に顕著な成果」がなかったということであれば記入しない欄に斜線が引かれているだけである。

記載者の評価と、生徒、保護者の評価とが一致しない可能性があることは、だれもがわきまえている常識であり、そのことから直ちに弊害が生じるとは通常考えられない。

四  争点

以上によれば、本件の争点は次の各点にある。

1  本件指導要録中の「各教科の学習の記録 [3] 所見」、「特別活動の記録 [2] 事実及び所見」、「行動の記録 [2] 所見」及び「指導上参考になる諸事項」の各欄に記載された情報が、本件条例一六条二項三号に規定する「開示することにより、実施機関の公正な職務執行に著しい支障を生ずることが明らかなもの」に該当するか否か。(争点1)

2  本件調査書中の「特記事項」欄に記載された情報が、本件条例一六条二項三号に規定する「開示することにより、実施機関の公正な職務執行に著しい支障を生ずることが明らかなもの」に該当するか否か。(争点2)

第三争点に対する判断

一  本件条例一六条二項三号の解釈について

本件条例一六条に基づく自己に関する個人情報の開示請求権は、本件条例によって創設的に認められた権利であるから、どのような情報が開示請求の対象となるかは、本件条例の定めるところにより決せられるべきものである。

そして、本件条例においては、同条二項三号において「開示することにより、実施機関の公正な職務執行に著しい支障を生ずることが明らかなもの」を非開示事由の一つとして定めているが、右規定の文言及び趣旨からすると、同号に該当するためには、開示することにより、実施機関の公正な職務執行の目的を失わせ、又は公正な職務執行を著しく困難にする等の著しい支障を生ずることが、具体的、客観的に明白であることが必要であり、単なる実施機関の主観的な危惧だけでは足りないというべきである。

そこで、以下、このような前提に立って、本件の各争点について判断する。

二  争点1について

1  本件指導要録の非開示部分に記載されるべき内容は、前記第二の二2(三)のとおりである。

原告は、平成三年の指導要録の様式改訂により、右非開示部分の各欄には、長所が記載されることとなったものであるから、生徒を積極的に評価する記載がされているものであり、仮に、不利益的な記載がなされるとしても、その例はごくわずかであるし、その表現もかなり抑制され、特に、指導要録の「指導上参考になる諸事項」欄には、不利益的評価の記載は全く予定されていないと主張する。

確かに、証拠(甲一三、同一四、乙七)及び弁論の全趣旨によれば、文部省においては、平成元年三月の学習指導要領の改訂及びそれまでの実施の経験にかんがみ、指導要録の様式の改訂を検討してきたところ、文部省初等中等教育局長は、平成三年三月二〇日文初小第一二四号「小学校児童指導要録、中学校生徒指導要録並びに盲学校、聾学校及び養護学校の小学部児童指導要録及び中学部指導要録の改訂について」を各都道府県教育委員会あてに発出して、指導要録の改訂様式の成案を通知するとともに、各都道府県教育委員会において、これを了知の上、その管下の教育委員会に対して指導要録の様式等を適切に定め実施するよう所要の指導助言を行うことを通知したこと、右通知において、指導要録の改訂の趣旨は、児童生徒の学籍並びに指導の過程及び結果の要約を記録し、指導及び外部に対する証明等に役立たせるための原簿としての指導要録の基本的な性格は維持しつつ、児童生徒を継続して指導していく上で一層役立つものとする観点から、(1) 新学習指導要領が目指す学力観に立った教育の実践に役立つようにすること、(2) 児童生徒一人一人の可能性を積極的に評価し、豊かな自己実現に役立つようにすること等に留意して改善を図ったものであるとの説明がなされたこと、そして、この見地に立って、指導要録の「各教科の学習の記録 [3] 所見」、「特別活動の記録 [2] 事実及び所見」及び「行動の記録 [2] 所見」の各欄については、個性を生かす教育に役立てる観点から、児童生徒の長所を取り上げることが基本となるように改められ、また、新設された「指導上参考になる諸事項」欄に、児童生徒の特徴・特技等について、生徒の長所を把握する上で重要なものを、学校内外における奉仕活動等及び表彰された活動等について、生徒の長所と判断されるものなどを記入し、他の欄に記入できない事項で指導上特に必要なものを記入する際に、個性を生かす観点に配慮することとされていることが、それぞれ認められる。

しかし、他方、証拠(甲一四、乙七)によれば、右の「児童生徒の長所を取り上げることが基本となる」とは、必ず長所のみを記載すべきことを意味するものではなく、継続的に適切な指導、教育を行うための基礎資料としての指導要録の目的から、短所や克服すべき課題が記載されることもあり得ることが予定されており、また、「指導上参考になる諸事項」欄についても、生徒のよさを見出し記入することが基本とされているものの、指導上特に必要なものも記入されることとされており、例えば、指導上特に必要であると判断される場合には、生徒の家庭環境や社会環境等についても記入されることが予定されているものと認められる。

したがって、平成三年の指導要録の様式改訂の後は、右各欄には、長所を記載することが基本とはされるようになったものの、その具体的な記載内容は、必ずしも生徒に対する積極的評価に係るものに限定されてはおらず、消極的評価や不利益的評価に係る記載もなされることもあり得るものと認められる。

そして、弁論の全趣旨によれば、小金井市の市立中学校においては、これまで、指導要録を生徒に対する適切な指導、教育のための基礎資料とするためには、これを記載する教師が、様々な視点から生徒を観察し、他の教師からの意見、情報を聴くなどして情報を収集し、教師としての専門的見地から総合的に判断して、可能な限り公正かつ客観的に、自らの言葉で、生徒の長所や指導上留意すべき事項などありのままを記載することが必要であるとの見解に基づき、指導要録は教師間で使用される内部文書として取り扱われ、生徒又は保護者等には開示しないという前提で記載されており、そのため、右各欄には、積極的評価のみならず、消極的評価を含む事項についても、生徒又は保護者が閲読した場合を予想した特段の配慮等もなされないままに記載されており、また、このような記載をすることによって、指導要録における評価にかかわる記載内容の信頼性を確保し、生徒の継続的な指導に役立てる仕組みが採られていたものと認められる。

2  そして、右認定の本件指導要録の非開示部分に記載されるべき内容は、当該生徒が学校教育において達成した学習成績の客観的基準、あるいは、計数的な成績評価ではなく、総合的に見た場合の生徒の特徴及び指導上留意すべき事項等生徒の全体的な評価あるいは人物評価ともいうべきものであって、その性質上、評価者自身の観察力、洞察力、理解力等の主観的要素により左右される性格を有するものである(なお、「特別活動の記録 [2] 事実及び所見」欄については、事実の記載も含まれるが、評価者の主観的評価にわたる所見部分と容易に分離することはできない。)。

3  そこで、右のような、指導要録中の「各教科の学習の記録 [3] 所見」、「特別活動の記録 [2] 事実及び所見」、「行動の記録 [2] 所見」及び「指導上参考になる諸事項」の各欄の記載が開示され、生徒又は保護者に開示することを予定せずに消極的評価又は不利益的評価も含めてありのままに記載された生徒の全体的な評価あるいは人物評価に関する記載が生徒又はその保護者の閲覧に供されることとなれば、場合によっては、生徒の自尊心が傷つき、学習意欲や向上心を失ったり、あるいは、生徒又は保護者の無用の反発や誤解を招くことも予想され(生徒の様子が、家庭と学校で必ずしも同じものではなく、また、通知表の記載と指導要録の記載とは、必ずしも一致しないことから、このような事態が生じることは十分に想定されるところである。)、このような事態による教育への支障を回避するために、これまで非開示であることを前提に右各欄の記入を行ってきた担任教師等が、生徒の消極的評価や不利益的評価を含んだありのままを記載することを差し控え、当たり障りのない記載に終始するなどして、指導要録の記載内容の形骸化、空洞化を招いて、これが生徒の継続的な指導のための信頼できる基礎資料とならなくなる可能性があり、その結果、小金井市の市立中学校の教育現場に混乱が生じるおそれがあるというべきである。

したがって、本件指導要録の非開示部分の開示によって、音里の自尊心を傷つけて、その意欲、向上心を失わせたり、反発や誤解を招くか否かにかかわらず、指導要録中の「各教科の学習の記録 [3] 所見」、「特別活動の記録 [2] 事実及び所見」、「行動の記録 [2] 所見」及び「指導上参考になる諸事項」の各欄の記載を開示することによって、制度的に右に述べたような支障が発生することが認められるのであるから、右各欄の記載の開示は、本件条例一六条二項三号の非開示事由である「開示することにより、実施機関の公正な職務執行に著しい支障を生ずることが明らかである」場合に該当すると認められる。

4  なお、右の点については、既に指導要録の所見欄等を含めた全面開示を実施している自治体も存在するところであり、教育論の一つとしては、指導要録の全面開示を前提とした教育、すなわち、指導要録の所見等の記述に当たって、開示に耐え得る適切な表現を心掛けるだけではなく、不利益的評価が開示されても、生徒、保護者に動揺、誤解を生じさせないように、日ごろから、生徒に対する適切な教育、指導を尽くすとともに、保護者との間に信頼関係を構築しておき、開示に当たっても十分な教育的な説明を行うような教育の在り方も考えられるところであり、また、指導要録の全面開示を前提とした教育に移行するに当たって予想される教育現場の混乱に対しても、十分な教育、指導をもって臨み、弊害を克服するのが、あるべき教育の姿であるという意見も考えられるところである。

しかし、仮に、指導要録の全面開示を前提とした教育に移行すべきであるとしても、小金井市の市立中学校においては、これまで生徒又は保護者等に対する不開示を前提として、評価部分について厳正、かつ、ありのままの記述を確保する点に主眼を置いた指導要録の記載を行い、開示を前提とする指導要録の記載上の配慮やこれに関する十分な指導、教育を行っていないことを考えれば、同市の市立中学校において右のように指導要録の全面開示を行うこととした場合には、移行に当たって、その混乱、弊害を回避するために何らかの事前の制度的手当てが必要であるというべきであり、このような措置を採ることなく、本件指導要録を全面的に開示したときには、前述したような教育の現場における支障の発生や混乱が生じることは避け難いというべきである。

そして、開示を前提としない指導要録の仕組みも、評価にわたる記載の信頼性を確保し、生徒の継続的な指導に役立てることを目的としており、これを前提とする教育が、一概に不当なものであるということはできないから、右のような支障の発生や混乱を回避することが、本件条例一六条二項三号に規定する「公正な」職務執行に当たらないということはできない。

5  以上によれば、本件指導要録の非開示部分を開示することは、小金井市の市立中学校の教育現場に混乱を生じさせるものであり、被告の公正な教育行政事務の執行に著しい支障が生ずることが明らかであるというべきであるから、右非開示部分に記載された情報は、本件条例一六条二項三号に規定する非開示事由に該当するというべきである。

三  争点2について

1  本件調査書の「特記事項」欄に記載されるべき内容は、前記第二の二3(三)のとおりである。

これによれば、同欄は、教科の学習活動、道徳及び特別活動等並びにその他の学校内外の活動において、それぞれ継続性を伴う特に顕著な成果を上げたと評価される一定割合の生徒についてのみ記載されるものであり、客観的、一義的に定まる数値等が記載されるものではなく、また、記入する生徒の決定に当たっては、生徒本人の人間形成上の好ましい影響や他の生徒への好ましい影響を考慮し、技術的な面や知識のみからではなく、活動に対する意欲や積極的な態度を重視することに留意することとされているから、どの生徒にどの項目を記載するか否かは、記入者及び関係教職員の観察力、洞察力、理解力といった主観的要素に左右される性格を有しているということができる。

また、本件選抜要綱によれば、調査書の「各教科の学習の記録」欄に記載される各教科の評定は、保護者に通知されることとされているのに対し(乙六)、弁論の全趣旨によれば、小金井市の市立中学校においては、調査書の「特記事項」欄の記載は、生徒又は保護者等には開示しないという前提で記載されていることが認められる。

そこで、右の各点と調査書が高等学校入学者選抜の資料となるために生徒及びその保護者の関心が高いことを考えれば、調査書の「特記事項」欄を開示した場合に、生徒又は保護者としては特に顕著な成果を上げたと主観的に考えているにもかかわらず、同欄に記載がなかったときには、そのことによって、生徒が自尊心を傷つけられ、意欲や向上心を失ったり、生徒又は保護者が教師や学校に対する不信感を抱くことも想定できないわけではない。

2  しかし、そもそも「特記事項」欄に記載されるべき事項は「継続性を伴う特に顕著な成果を上げた」事項に限られているものであり、しかも、選抜要綱が、「特記事項」欄の記載がなされる生徒の各欄ごとの人数及び全体の延べ人数の上限を生徒数との比によって定め、その割合も低く押さえていることからすれば、右の「特記事項」欄に記載がないことによって、当該生徒又は保護者が前記のような反応を示す蓋然性及びその反応の程度は、消極的評価又は不利益的評価に係る事実が記載されたような場合に比べれば、低いものと考えられ、そのために、「特記事項」欄の記載を行う者が、「特記事項」欄を記載する生徒の決定やその記載内容について、公正をゆがめるほどに強い心理的規制を受けるものとまで認めるに足る証拠はないというべきである。

3  したがって、本件調査書の「特記事項」欄を開示することにより、一般的に同欄の記載内容の信頼性が失われ、高等学校入学者選抜の適正な資料としての機能を果たさなくなるおそれがあることが明らかであるとは認められない。

4  以上のとおりであるから、本件調査書の「特記事項」欄に記載された情報が、本件条例一六条二項三号に規定する「開示することにより、実施機関の公正な職務執行に著しい支障を生ずることが明らかなもの」に該当するとはいえないから、本件部分非開示決定のうち同欄を非開示とした部分は不適法であるというべきである。

四  よって、本訴請求は、本件部分非開示決定のうち、本件調査書中の「特記事項」欄を非開示とした部分を取り消す限度において理由があるが、その余は失当であるから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 阪本勝 裁判官 村松秀樹)

別紙1・2<省略>

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